7コールの歴史

2020/07/22

敗戦と7コール

7コールの歴史の1ページ目は意外と古く、時は1957年まで遡ります!

元々「J」の全てを手にしていた日本は、敗戦により、1947年のアトランティックシティ無線通信主管庁会議で「JT~JZ」のプリフィクスを失います。

1957年10月、ITU事務総局長に追加のプリフィクスを要求したところ、1958年10月23日に「7J」「8J」が暫定で割り当てられました。
これが、私たち7コールの歴史の始まりです。

7コールの歴史の1ページ目は、1958年のジュネーブにある
JJ1WTL 本林OM提供

その後、1959年のジュネーブ通常無線通信主管庁会議で「7J」「8J」のプリフィクスが日本に正式に割り当てられ、同時に「7K~7N」「8K~8N」が日本に割り当てられ、同年11月1日にITUから各国に向けて通達されました。
現在外国人コールとして知られる「7J」と、記念局コールとして知られる「8J」は、私たち7コールと血のつながった兄弟なのです。

なお、現在はインドネシア(7A-7I)、日本(7J-7N)、イエメン(7O)、レソト(7P)、マラウイ(7Q)、アルジェリア(7R、7T-7Y)、スウェーデン(7S)、サウジアラビア(7Z)の8か国に分割されている「7」ですが、日本と同時に割り当てられたのは、インドネシア、スウェーデンのみです。

日本初の7コール

日本初の7コールは、1990年4月23日に発給された「7K1AAA」でしょうか?

実は、これも意外と歴史が深く、答えは「7K1AAA」の14年前の1976年5月21日、関東電波監理局(現関東総合通信局)から発給された「7J1RL」です。
日本初の7コールである「7J1RL」は、JARL創立50周年記念事業「沖ノ鳥島DXペディション」の記念運用局でした。

発給の翌22日には、JA1HQG 有坂団長が当時の原会長(JARL)から無線局免許状を手渡され、午後1時に日本最南端の沖ノ鳥島へ向けて、第二十共勝丸が東京都中央区の豊海水産埠頭を出航しました。
当時の「7J1」は、沖ノ鳥島を意味する特別なプリフィクスだったのです。

OKINO TORI-SHIMA DX PEDITION 7J1RL

外国人悲願の7Jコール

さて「7J1RL」の次は、7コールでしょうか?

実は外国人コールとして知られる「7Jコール」の方が、4年半も先に発給されています。
電波法に、こんな規定があることをご存じでしょうか?

左の各号の一に該当する者には、無線局の免許を与えない。
1. 日本の国籍を有しない人
(以下略)

電波法 第5条(欠格事項)

現在11か国 + CEPTと相互運用協定を結んでいる日本ですが、以前は外国人が日本でアマチュア局を開局することはできませんでした。

制限の厳しい日本の電波法に、当時の在日アメリカ大使であったアマチュア無線家のMeyer氏(W3ACE)が一石を投じ、段階的に規制緩和されていきます。

そして、1985年10月1日、日本初の外国人コールとして「7J1AAA」が発給され、1993年には7Jクラブの開設が認められました。

日本のアマチュア無線最盛期と7コール

ようやく、皆さんおなじみの「いわゆる7コール」まで時代が進みました!

1987年、アマチュア無線界の伝説、映画「私をスキーに連れてって」でアイコムのハンディー機「IC-μ2」が登場。
ポケベルや携帯電話がなかった当時、アマチュア無線があれば、車やスキー場で離れた仲間と連絡できるということが世間に認知され、アマチュア無線の影響がぐんと上がります。
当時のアマチュア無線は、今でいう「Twitter」や「Instagram」のような存在だったのです。

「私スキ」から2年半、まだバブルを忘れられない1990年4月23日「7K1AAA」が関東電気通信監理局(現関東総合通信局)から発給。
ついに、7コールの時代がやってきました!

その後、1995年1月の阪神大震災での活躍もあり、当時のアマチュア無線熱はとどまることを知らず、同年3月には日本のアマチュア局が史上最多の136万局を記録しています。

そんなイケイケなアマチュア無線でしたが、1995年8月24日マイクロソフトが「Windows 95」をリリースしたことを皮切りに変化が訪れます。

1999年2月NTTドコモが「iモード」のサービスを開始、2000年11月当時のJフォン(現ソフトバンクモバイル)が「写メール」対応端末を発売、2001年には「Windows XP」がリリース、「Yahoo! BB」のサービスも始まりました。駅前で無料でモデムを配る姿を覚えている方も多いでしょう。

時代は、通信からコンテンツへ。当時の言葉でいう「マルチメディア」に需要が変わります。

「インスタ」扱いだったアマチュア無線は、ケータイやメールに追いやられ、一気に過去のテクノロジーとなり、開局数はゆるやかに減っていきます。

そして2003年6月20日、7N4XZZが発給されたのを最後に、13年2か月間の7コール時代は、アマチュア無線の最盛期から低迷期をぴったり並走し、幕を閉じます。

現在の7コール

理論上約‭25万8000‬局が発給された7コールですが、約24万局が失効・廃局し、2019年末現在は1万7583局となっています。
この数字は、日本の全アマチュア局の4.4%、関東の全アマチュア局の15.2%です。

多くの7仲間がアマチュア無線を去ってしまったことについて、私たちは「通信からコンテンツへ」の変化によるものと考えています。
7コール世代は「電波のおもしろさより通信手段」という層が多かったと考えられます。

しかし、逆の表現をすると、あえて生き残る現役7たちは「アマチュア無線大好き人間」です。
現役7コールの平均年齢は40代と想像され、アマチュア無線界では若手です。
働き盛りのデジタルネイティブ世代が集まり、伝統的なアマチュア無線だけでなく、様々な楽しみ方を積極的に試しています。

まとめ

意外と長い7コールの歴史、いかがでしたでしょうか?
私たち現役7コールは、そんな物語を胸に「世界でひとつのコールサイン」を大切にしています。

7コール年表

1957年10月日本、ITUに追加のプリフィクスを要求
1958年10月23日「7J」「8J」のプリフィクスが日本に暫定で割り当てられる
1958年11月11日日本初の数字シリーズ「8J1AA」が発給される
1959年11月1日「7J」「8J」のプリフィクスが日本に正式に割り当てられ、同時に「7K~7N」「8K~8N」が日本に割り当てられ、ITUから各国に向けて通達される
1976年5月21日日本初の7コール「7J1RL」が発給される
JARL創立50周年記念事業「沖ノ鳥島DXペディション」
1976年5月22日 13時「7J1RL」の無線局免許状を手に、第二十共勝丸が沖ノ鳥島へ向けて豊海水産埠頭を出航
1985年10月1日「7J1AAA」発給
以後、13年8か月間に渡って外国人向けに7Jコールが発給される
1987年11月21日映画「私をスキーに連れてって」公開
1990年4月23日「7K1AAA」発給
以後13年2か月間に渡って7コールが発給される
1990年5月1日電信級・電話級アマチュア無線技士が3アマ・4アマに呼称変更
1990年8月27日「7K1」発給終了
1990年8月末「7L1」発給開始
1990年12月19日アイコムが大阪証券取引所第2部に上場
1991年1月ごろ「7M1」発給開始
1991年6月ごろ「7N1」発給開始
1991年8月22日JARD設立
1991年10月14日「7K2」発給開始
1992年2月ごろ「7L2」発給開始
1992年8月ごろ「7M2」発給開始
1992年12月ごろ「7N2」発給開始
1993年5月ごろ「7K3」発給開始
1993年6月16日電波法が改正され「7Jクラブ」の開設が可能になる
1993年11月ごろ「7L3」発給開始
1993年アルインコが大阪証券取引所第2部に上場
1994年5月ごろ「7M3」発給開始
1994年11月ごろ「7N3」発給開始
1995年3月日本のアマチュア局が136万局を記録
1995年6月ごろ「7K4」発給開始
1996年4月1日2アマ・3アマ・4アマの操作範囲が拡大、空中線電力が2倍に
1996年5月ごろ「7L4」発給開始
1997年2月24日「ゲストオペレーター制度」スタート
1997年4月1日「旧コールサイン復活制度」スタート
1997年4月ごろ「7M4」発給開始
1998年八重洲無線が日本マランツの通信機部門(スタンダード)を買収
1999年5月28日外国人向けに発給されてきた7Jコールが終了
以後、日本人と外国人のコールサインに区別がなくなる
1999年5月ごろ「7N4」発給開始
2000年八重洲無線がバーテックススタンダードに商号変更
2001年1月6日中央省庁再編により「関東電気通信監理局」が「関東総合通信局」に改称
アマチュア無線の主官庁が、郵政省から総務省へ
2001年1月31日アイコムが東京証券取引所・大阪証券取引所第1部に上場
2003年6月20日「7N4XZZ」発給
以後「JA1」の再指定となり、現在「JK1」まで進む
2004年1月FCZ研究所がキット開発と販売を中止する
2004年5月3日ITUが「@」をモールス符号に追加
2004年11月ミズホ通信が事業縮小し、ピコシリーズを製造中止
2005年10月1日3アマの試験から電気通信術の実技試験・選抜試験が廃止
2006年アルインコが東京証券取引所第2部に上場
2007年10月1日FCZ研究所が解散する
2008年4月1日「電波利用 電子申請・届出システム Lite」サービス開始
2008年10月1日アマチュア局の電波利用料が、500円から300円に変更される
ケンウッドと日本ビクターが経営統合、JVC・ケンウッド・ホールディングスを設立し、ケンウッドは完全子会社となる
2011年8月1日JVC・ケンウッド・ホールディングスがJVCケンウッドに商号変更
2011年10月1日1アマ・2アマの国家試験から電気通信術の実技試験が廃止
ケンウッドがJVCケンウッドに吸収合併される
2011年11月1日JARLが一般社団法人に移行する
2012年バーテックススタンダードが八重洲無線に商号を再変更
2012年12月31日ミズホ通信が廃業する
2013年12月20日東京ハイパワーが倒産する
2014年1月アルインコが東京証券取引所第1部に上場
2015年7月1日2アマの養成課程講習会(eラーニング)が開始
2018年2月28日「無線局免許証票」が廃止
2019年9月12日
2019年12月15日7コールアマチュア無線クラブが関東総合通信局に免許される
呼出符号「JS1YEY」
2020年1月12日史上初(?)の7コールイベント「7コール新年会2020」が盛大に開催され、7コールアマチュア無線クラブが発足する
2020年4月23日7コール発給開始30周年記念日
7コール発給開始30周年記念局「8J1-7CALL」が開局

Posted by 7M4VQJ